日本漢方養生学協会

今、なぜ漢方なのか 古来の哲学「漢方」を知る。

漢方とは

薬とは何か

 人間が口に入れるものには、まず栄養として食べるものがあります。それは食べたらお腹がいっぱいになって、体を築くものです。一方、毒物として入るものもあります。それを食べたら体が麻痺したり、場合によれば死んでしまうというようなものです。
 それに対して、人間の体にとって栄養とは違った意味で有益なものとしてとるものがあります。例えば治療のためにとるというものがあります。それは、生理活性のあるものという見方でとらえられるものです。
 例えば、それを食べたり飲んだりしたら熱が下がるとか上がるとか、血圧が下がったり上がったりするという、このような生理活性と言われる働きが明らかなものを薬物と言います。このように、薬の元々の基本というのは、食べたら栄養になった、食べたら死んでしまった、食べたら熱が下がったという、食べ物の分類から始まって、生理的な活動にはっきりした影響を与えるものを薬としたわけです。
細かく見ていくと、栄養学的にも優れ、なおかつ生理活性があるという食品に近いものから、毒性があるけれどもうまく使うと生理活性的に効果があるというものまで、薬の範囲はかなり幅広く、むしろ厳密に規定することのほうが難しいのです。
例えばにんにくは食事にも使いますが、漢方薬では[大蒜]といって処方にも使われます。また、[附子]というのはトリカブトから取り出した毒性の強いものです。しかし減毒加工をすれば薬としても使われます。
すなわち薬の基本というのは、元々食べられるものであって、しかも生理的に変化を起こす性質のあるもの、と捉えることができます。
そのようなものを、大きな概念で [生薬]と言います。このような薬効のある食べ物を[自然薬]として使う、いわゆる民間療法は、歴史的にみてもかなり古くから行われていたことが分かります。
 インド蛇木という植物から抽出されたレセルピンという薬は、鎮静剤、血圧降下剤として今日も使われていますが、古くは古代インドのアーユルベーダ医学ですでに使われていたと言われています。また芥子やコカなども、みな原住民が予防や治療のために民間療法として使っていたものです。
 このように、早くから使われていたのは、鎮静剤として使われる麻薬系の類でした。また、解毒剤として作用するものも早くから使われています。これらのものは、みな長年の経験に基づいて効果が確かめられ、その使い方が語り伝えられたのでした。
このような薬として利用できるものに関する知識と技術は、世界中の様々な地域で、独特のものが生み出され、伝わってきています。その主なものは、中国に伝わる漢方、日本の民間療法である和法、ヨーロッパにはハーブを中心にした薬草学が発達しています。またインドや南米、アフリカなどにもそれぞれの方法が伝わっています。
また中国では、本草学という薬効作用のある草木に関する学問が発達しました。今日の漢方でも、基本的には『本草綱目』という書物に収載されている植物を中心とした[生薬]をはじめとするものを漢方薬の範囲として用いています。実際には草だけでなく、動物性のものや、鉱物なども用いられますが、そこに使われるのはあくまでも自然の材料を使った自然薬です。

製剤技術の発達

 はじめは民間薬として意味も分からずに使っていた薬草も、その薬効成分を分析できるようになると、特定の成分を単質として抽出したものが使われるようになります。
それはいわゆる西洋薬の原点です。食べ物と紙一重の使い方をされていた[生薬]から薬効成分を抽出して用いるようになると、薬としての効果がはっきり期待でき、またどれくらいの分量を飲めばいいのかが量りやすくなります。このようにして薬は世界中で作られ、利用されてきました。
 そして近代に至ると、この薬効成分を自然の物から抽出するのではなく、化学的に合成する技術が飛躍的に発達しました。いわゆる[新薬]の登場です。
特に西洋では科学の発展にともなって、様々な合成薬が大量に作られるようになり、ある意味では多くの人々がその恩恵にあずかりました。
しかしこの[新薬]は、天然の薬効成分と比べると、立体的にみた分子構造が微妙に違っていたりするために、非常に鋭く効く代わりに、強い副作用も出やすくなります。それに対して[自然薬]というのは天然物を使っていますから、体に馴染みやすいということが言えます。
もう一つ[新薬]の問題点をあげるならば、現在の[新薬]はなかなかその体系が確立されないということがあります。
 何故ならば、次々に[新薬]が開発されるために、一つの薬のライフサイクルが短いということがあげられます。実際に20年前に開発された薬をみても、基本的な薬をのぞいて、今はほとんど使われていません。そのために、十分な追試確認の上に立つ体系というものができる暇がないのです。したがって[新薬]については、常に人体実験の危険がつきまといます。
 とにかく症状を取るということよりも、むしろ本当にその人が健康になるということを第一に考えるという、養生の延長上に薬というものをとらえるならば、経験に裏打ちされた確実なものを使うべきでしょう。
健康というのは、単に病気の症状が取れるということではないからです。

漢方の特色

 漢方の特徴は、[自然薬]を基本としているということです。その上で、様々な[生薬]をもとにしながら、それを組み合わせて薬効を上げたり、その毒性を抑えたりたりするという、様々な工夫が行われてきました。
例えば、吐き気や咳を止める薬に[半夏]という薬がありますが、これは非常にイガイガとして飲みにくいものです。また毒性も高いのですが、これを[生姜]と一緒に煎じて飲むと、とても飲みやすくなるばかりか、毒性がなくなってしまうのです。こういう使い方が体系として確立されているわけですが、これこそがまさに漢方の特徴と言えます。
 また、[大黄]というのは瀉下作用(下剤作用)が非常に強い薬です。便秘のときなどに使いますが、その作用は大黄のなかに含まれているタンニンによるものです。このタンニンというのは習慣性がありますから、少しの量では効かなくなって、量を増やさなければなりません。ところが一緒に[甘草]を使って、[大黄甘草湯]という形にしますと緩和作用があり、大黄単品で使うより、はるかに習慣性が低くなり、量を増やす必要がなくなります。 
 トリカブトからとる[附子]もアコニチンという毒性がありますが、漢方ではこれを加熱して[炮附子]という形で利用します。今日では、加熱することによってアコニチンが分解して毒性が弱くなるという仕組みが分かっています。
 このように、漢方には主に植物を薬として使うための様々な智慧が取り込まれています。それは何千年にもわたる処方の歴史を通じて確かめられた、言ってみれば膨大な人体実験を通して、さらには直観と経験の積み重ねによって、培われてきたものなのです。
そういうものが、しっかりと体系づけられ、確立されているのです。
したがって、状況判断か正しく処方を間違えなければ、漢方薬というのは安心して使うことができるわけです。

上薬・中薬・下薬

 このような漢方の基礎になるのは、後漢の時代にまとめられた『神農本草経』という書物であると言われています。同書には365種の薬物が取り上げられており、それはさらに120種の上薬、120種の中薬、125種の下薬に分けられるとしています。この当時、すでに1年は365日と4分の1であるということが分かっていたのです。
そしてそれにちなんで、365種の植物を選んだというのですから、当時の自然に対する観察力、智慧には驚かされます。この書物によると、上薬というものは、いくら多く服用しても、また長期間服用しても、体に害のないのはもちろんのこと、心身を軽やかにエネルギーを増強し、老化のスピードを遅らせ、寿命を延ばすものとされています。
それを、「延年益寿薬物」と呼んでいます。
 この120種のうち、すべてが本当の意味で上薬なのかということで調べてみると、やはり神仙思想という理想論に傾いていて、理論倒れな部分も多少はあるようです。
現代にも通用するものということで検討していくと、残っていくのは、霊芝とか、高麗人参などの食べ物としてもとらえられるものです。まさに上薬といわれるものは、大自然のエネルギーをハイレベルに貯えている食べ物だということです。
 高麗人参を例に取りますと、「延年益寿薬物」として効果が高いものができるには、6年くらいかかります。しかもどんな所に作ってもできるというわけではなく、微量栄養素などを含む豊かな土壌に植えて、6年かかるのです。6年かかってようやく取り入れると、その地にはその後20年は作れないのです。それくらい、大地からあらゆる栄養分を吸収して、濃縮してその中に集めるわけです。それを摂取することによって、生命力が高まるということで、昔から注目されてきたわけです。
 現代科学的な分析の結果でも、免疫力を高める要素を多量に含んでいるということが分かっています。古代の経験的な智慧ということと、現代科学の分析結果とが、まさに一致しているわけです。
 中薬というのは、疾病治療のために用いられるもので、原典を見ますと、有毒、無毒と書いてあります。つまり毒があったり無かったりということですが、使い方によって毒になったり、薬になったりするものであるということでしょう。
ですから、体のバランスを整えるもの、例えば冷えていれば温めるもの、熱をもっていれば冷やすものがこれに当たります。
もしも冷えている人に体を冷やすものをやってしまったり、熱をもっている人に体を温めるものをやったら、当然害が出るわけです。したがって、そういう疾病治療のために、体質症状に合わせた服用方法を調整して用い、体が普通であれば、なるべく服用しないのがいいということです。
 下薬というのは、まさに毒薬です。病気でどうしても必要なときだけ、慎重に用いるべきものです。漢方処方に配合される場合は、毒性を和らげる薬物と組み合わせて、少量を用いるようになっています。
 こういう上薬・中薬・下薬という見方からすると、非常に効き目は鋭いけれども、毒性も強いので、慎重に使わなければいけないという[新薬]の系統は、あらかた下薬に入ってしまいます。また、日常的に食べ物として考えられるようなものが上薬の中に凝集されているということは、非常におもしろいことだと思います。まさに生命力を強化するというものが、一番いいものであるという考え方がよく現れています。
 そして、こういうものを日常的に食べるということが、非常によい養生法になるわけです。その次にいいのが、体のバランスを変えていくというものであって、毒性の少ないものです。
一番下薬とされているものが、非常に効き目もいいけれど、毒性の強いものだという、そういう思想です。このようなことからも、漢方という考え方が、如何に体の本質的なエネルギーというものを大切にしているか、生命力の強化ということを大切にするか、ということがお分かりいただけると思います。

漢方薬を有効に(一に養生、二に薬)

 漢方薬の体系というものは、実際には2000年、3000年前の状況に照らして処方されているものです。したがって、その当時の生活の中で起きてくる病気を治すことが目的ですから、養生が大切だということは端々に書いてありますが、当然のことながら、現代生活で問題になっているような点を基本にした生活養生には言及していません。その当時は、今日問題になっているような食品添加物も化学物質もありませんでした。ですから、何を食べても自然食です。食料不足で慢性の栄養失調から、病気になるということはあり得たでしょうが、食べ過ぎで、しかも質の悪い物を腹いっぱい食べたために病気になったという経験はないわけです。
 また、環境の全体的な汚染というものもなかったでしょうから、いくら昔の人のストレスが高かったといっても、現代人のストレスとは比べものにならないでしょう。ということは、まずそういう生活条件を是正して、なるべく自然の状態に近づいていくということが、漢方薬の効きめを高める条件だと言えます。
 そもそも、漢方薬というのは、生命力を高め、効率よくバランスを保つというふうに方向づけるものですから、例えば体を温める、体を冷やすといえば、その前提には体のバランスをとって生命力が働きやすく方向づける、という発想があるわけです。
 しかし、安定性の方向に向かう力というのは、結局はその本人の力=生命力です。それ自体が衰弱してしまったら、薬をいくら飲んでもなかなか効果が現れないわけです。そうでなくても、現代人は、根気がなくなっていますから、漢方薬をたった一回飲んで、効かないといってあきらめてしまう人もいるようです。
 そういうとらえ方をしていること自体が、うまく治っていかない原因だということに気づきさえすれば、もう病気は治り始めたようなものです。本来の漢方の考え方というのは、まず薬よりも養生を大切にするものです。しかし養生というのは、何となく不正確で、はっきりとは見えにくいものですから、したがってどうしても、薬の効果にウエイトが置かれることになりがちです。そこで薬を使わなければならないときには、自然薬というものを併用することによって、その人の病気を根本的に治していく、すなわち本当の意味での健康回復をしていくという方法を取っていくのが、漢方の言わんとするところです。
 まず、自分自身が治っていくんだという姿勢で、薬が治すのではないということをしっかり認識した上で、生命力を高めるための、補助的な手段として如何にうまく使っていくかということを、基本的に理解していく必要があります。

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